CANDY TUNEの楽曲「倍倍FIGHT!」における一節、「誰かを救うということは 過去の自分も救うこと」という命題は、利他行動の対象が単なる他者にとどまらず、時間軸を超えた自己にまで及ぶことを示唆している。
「情けは人のために非ず」という諺は、施しが他者のためではなく、巡り巡って自己に利益をもたらすという因果応報の構造を説いたものである。これを心理学的・哲学的な文脈で捉え直すと、利他行為は外部への一方通行なエネルギー消費ではなく、行為者の内部における精神的な欠損を埋める「自己完結的な循環」として機能することが理解される。
事象論において、過去に発生した失敗や不遇という事実は物理的に改変不能である。しかし、その事実から抽出される「意味」は、現在の主体の行動によって決定される動的な変容体である。 他者を救済する過程において、過去の痛みが「他者の苦痛を理解するための資源」として機能したとき、その過去は「無意味な損失」から「救済の前提条件」へと定義が上書きされる。この遡及的な価値の転換こそが、歌詞における「過去の自分を救う」という現象の本質であると考えられる。
他者を救うという行為は、かつての救われなかった自己を他者に投影し、擬似的にその痛みを解消しようとする高度な昇華プロセスである。行為者は他者を救うことで、自身の過去に存在した「欠落」や「無力感」を現在の文脈において克服する。したがって、救済の対象は客体(他者)であると同時に、時間的に隔絶された主体(過去の自己)であるという二重構造を有している。
このように、『倍倍FIGHT!』の歌詞は、利他主義の中に潜む自己救済のメカニズムを鋭く言語化したものと評価できる。過去の負の経験を否定するのではなく、現在の利他的実践によってその存在意義を肯定へと転換させるこの視座は、普遍的な倫理観と通底している。
それはそうとCANDY TUNEの『倍倍FIGHT!』は良い。