変えられないものを受け入れる力、そして受け入れられないものを変える力をちょうだいよ – 宇多田ヒカル

宇多田ヒカルの楽曲「Wait & See ~リスク~」には、「変えられないものを受け入れる力、そして受け入れられないものを変える力をちょうだいよ」という、祈念に近い一節が存在する。この表現は、20世紀の神学者ラインホルト・ニーバーが提唱した「平静の祈り」に依拠しているものと考えられる。

ニーバーの祈りは、以下の三要素で構成される。

  • 変えられないものを受け入れる「平静(Serenity)」
  • 変えるべきものを変える「勇気(Courage)」
  • それらを見分ける「知恵(Wisdom)」

歌詞においては「知恵」への直接的な言及は省略されているものの、前半の受動的受容と後半の能動的変革の対比は、主体が常に「対象がどちらに属するか」の判別を迫られていることを暗黙のうちに示している。この判別こそが、状況に対する無力感や無謀な抵抗を排し、資源を最適に配分するための理性的基盤となる。

歌詞の構造において、「受容」が「変革」に先行する点には重要な意味がある。 まず、現実(変えられない事実)を正しく認識・受容するという「静」のプロセスを経て初めて、主体は地に足のついた「動」のエネルギーへと移行できる。受容は諦念ではなく、変革に着手するための現状分析であり、立脚点の確定である。この順序性は、情緒的な受容から強固な意志(能動)へと向かう、主体の精神的成熟のプロセスを象徴している。

「変えられるもの」か否かの境界線は、固定的なものではない。主体の能力や技術、あるいは認識の枠組みが拡張されるに従い、かつて「変えられないもの(環境的制約)」であった領域は、「変えられるもの(操作可能な対象)」へと移行する。 既成概念や先入観を排除し、目の前の事実と自己の能力を客観的に照合することは、この境界線を能動的に動かし続ける行為に他ならない。ビジネスにおける戦略的意思決定においても、この「動的な判別」は不確実な環境下での生存戦略として不可欠なマインドセットといえる。

「Wait & See ~リスク~」に刻まれたこのフレーズは、ニーバーの祈りが持つ普遍的な倫理観を現代的な感性で再構築したものである。それは、運命に対する受動的な態度と、自力による現状突破という能動的な姿勢の止揚(アウフヘーベン)を目指す叫びでもある。 変える力への切実な希求を「後半」に配置する構成は、困難な現実に直面しながらも、最終的には自己の意志で世界を規定し直そうとする強い意志の表出である。

それはそうと『Wait & See ~リスク~』は名曲だし、リリースから26年経った今も全然聴く。